最後の授業 心をみる人たちへ(北山修)

図書館の新刊棚でフト目に止まったのは馴染みの名前。・・・あ!”きたやまおさむ”さんだーっ。平仮名変換しちゃうあたりが、どういう方面で馴染みがあるのかが分かるというものですが(笑)まぁ、そんな訳で、「心をみる人」ではない私がこの本を手に取ってしまったのでした。

精神分析学の教授である著者が、2010年春に九州大学退官を前に学生たちに講義した「最後の授業」。その内容をそのまま文字にしたもの。この授業はNHKでも放映されました。

そうなんですよー!NHKで放映された「最後の授業」を見ようと思ってたのに、見そびれちゃったんですよねー;;;ちょっと残念に思ってたところに、この著作の存在を知ったので嬉しくなっちゃって・・・。全くのど素人だっていうのに、イキオイに流されて手にとってしまったという。ホント無謀です;;;

無謀だと自覚してはいたんですが、読み始めたらこれが結構、面白くって!もちろん、北山先生(やっぱりここでは”先生”と呼んじゃいますねー)が伝えたかったことの10分の1も理解できてないとは思うんですけどね。学生への講義をそのまま文章にしてあるということもあるのか、難解な言葉の羅列ではなく、分かりやすい語り言葉。そんな言葉の数々が、頭に、心に、すんなりと入り込んできました。「表と裏」の話や、「古事記」や「鶴の恩返し」を使ったお話。どれもこれもが興味深くって、うんうん、ほうほう、なるほどー!と相槌を打ちながらの読書でした。

また、臨床心理学を学ぶ学生達に向けての講義ということで、「人の裏側を見るのだから、それを安易に話したり、インターネットやメールに内容を書いたりするべきでない」などの職業とした時に気をつけるべきことを、強く、強く話されていたのが印象的でした。


私の中では、数年前の”解散音楽會”での白塗り姿(笑)が強烈な印象を残していた著者でしたが、「大学教授」としての姿を実感できた1冊でした。




(2010.08.24読了)




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この記事へのコメント

2010年09月01日 11:30
おお。これ、活字になっていたんですね。
テレビのほうで見ましたが、技術論よりも、臨床家としての心構えを確かに強調されてしました。初学者には大事な心得でしょうし、一般にも「こういうことをやっているんだよー」と周知を図る、大胆な企画だと思います。
「人の心の裏側を見るのだから、それを安易に話したり、インターネットやメールに内容を書いたりするべきではない」というのは、マスコミに露出する臨床家という、守秘しつつ露呈するという二律背反を背負った北山先生の自戒の言葉のようにも聞こえます。
このあたりのバランス感覚は、本当に難しい。
すずな
2010年09月01日 12:50
>香桑ちゃん
そうなのー。活字になっててビックリした!で、ビックリしたイキオイで専門書だっていうのにど素人が読んでしまったのでした^^;ま、面白かったから良しってことで(笑)
マスコミに露出している先生だからこそ、という言葉も多かったように思います。どこまで露呈するか、そのバランスは難しいのだろうなぁ~と私も感じました。

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